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[0412] ありがとうの6年間



2008年4月

未熟な両親のもと、長女として産まれてきたsaku、晴れて入学!

小学校の入学に合わせて学区内のマンションに引っ越してきた我が家。

その…マンションの…
おそらく幼稚園時代から築き上げられたであろうママさん達の繋がり、絆、ルールなどなどに、

当時、引っ越しと入学で不安いっぱいの長女と生後6ヶ月の長男を抱えて、私の方がいっぱいいっぱいだったのを覚えてる。

とりあえず、そのママさん達のボス(?)的な人のところに「まず最初に挨拶に行った方がいいよ!部屋番号教えるから!そうしないと集団登校もなんにも入れてもらえないよ!」と手下(?)みたいなママに言われ…

引っ越して早々、その井戸端会議中のママさん達に挨拶に行ったりしたな…

小学校へは毎日毎日、大雨だろうと何だろうとママさん達が全員で小学校の手前まで一緒に歩いて送り迎え。

ボスが「運動会が終わる頃まではやりましょう」と。

これも娘のため、娘のため、とまだ小さかった長男を抱えて必死だったなぁ。

1番辛かったのは定期的に病院に通っては3ヶ月に1度は包帯なりガーゼに包まれている長男を連れてそのお母さん達の前に出なきゃいけなかったこと。

「どうしたの?!」攻撃やらヒソヒソ攻撃やら。

十数人ものお母さん達に説明するようなことじゃないし、したくないし。

当時の私はかなりピリピリモードだったわね、笑

そんな中、娘は入学式の1週間後に公園のトランポリンで着地失敗しちゃって捻挫…。

松葉杖とギプス。
学校の階段も登れない。
ランドセルも持てない。
トイレも大変。

集合登校ももちろんできなくなり、またお母さん達へ説明。

学校の先生にも「お母さんが付き添うか、休ませたほうがいいのでは?」とか言われた時にはすごく見放された気がして母は泣けてきた。

1番泣きたいのは痛い思いをしてる娘の方なのにね。

娘にとって私の「大丈夫。ママがついてるから心配いらないよ」の言葉がどれほど心強いか、力になるかを知っていたくせに、

知っていたのに、
言ってあげられなかった気がする。

ただでさえ、大変でいっぱいいっぱいなのに、さらに大変なことしてくれたわねーー。

ってゆう思いに潰されてたから。
本当に未熟な親でごめんね。

包帯やガーゼに包まれた長男を抱きながら娘のランドセルを持って腕を抱えながら小学校の階段を登る時の、他の生徒達の残酷なまでに無邪気な好奇の目に囲まれる毎日は今思い出しても苦しかったなぁ。

娘、本当によくがんばったんだよ。
ごめんね。

娘自身、その時本当に助けてくれたクラスメイトの子のことは今でも忘れずに大切にしてる。

のんびりで、引っ込みじあんで、小心者で、不器用で

そんな娘を私はいつも前を歩き「おいで」と手を繋いでた。

でもいつからだろう、「おいで」じゃなくて「行っておいで」と、今度はそっと背中を押すようになったのは。

それは、多分小学校4年生のとき。

娘、10歳。2分の1成人式。

小学校4年生とゆう1番難しい時期を

自分が生まれてきた意味、まわりに友達がいてくれること、支えてくれる人がいること、家族への感謝。これからの自分にこれだけは、とゆうポリシーを持つこと、そのゆるがないものはいつか自分自身を支えるとゆうこと。

それはそれは熱血な担任の先生に最初はとまどいを見せてた子供たちも徐々に引き込まれていくのをすごく感じた。

その頃かな、娘自身しっかりしてきたなぁと思ったのは。

その時期に、初めて自分からやりたいと行った習い事、フラダンス。

本当に本当に大変だったと思うの。
全くの知らない世界に全くの知らないお友達。

しかもそのフラダンスのメンバー達は小さい頃から一緒に踊ってる絆の強さ。

本当によくしがみついて頑張ってきたね。
その頑張りを知ってるから、初めて迎えた初ステージの時は本当に感動してこっちが震えるくらい緊張した。

ほんの数分間のステージ、しかも地元のお祭りのステージだったのだけど、私達のほか友達家族や姉も見に来てくれて、笑

大騒ぎ、笑



フラダンスに関しては本当に熱心で隣町まで通うレッスンにもクタクタになりながらも辞めたいと言ったことは1度もなかったし、先生への信頼も強く、将来はフラダンサーになる!との決意も固かった。

中学に上がるのをきっかけに時間的に隣町までレッスンに通うのが難しくなってしまった。

大好きなフラを、将来の夢であるフラを無理して今続けて嫌いになりたくはないから、と。

1度レッスンを辞めると自分で決めた娘。

その思いを手紙に書いてフラの先生に渡した次の日、これまで大事に伸ばしてきた娘の中でフラの象徴でもある腰まである髪の毛をバッサリ切った。

これまで大変だから、長すぎるからとまわりにいくら言われても切らなかった髪の毛をボブまで切った。

娘なりのけじめ。
もう、本当に不器用なまでにきまじめな性格なんだけど、そうゆうところがやっぱり娘らしくて。



2014.3.20

バッサリ切った次の日に迎えた小学校の卒業式。



それはそれははじけるような笑顔に、これからの娘の決心と新しい事へのワクワクと、たくさんつまった本当に素晴らしい日になったなぁと思った。

私の両親が贈った赤いランドセルを6年間、毎日大切に使ってくれた。

たったの1度も「リュックがいい」なんて事は言わなかった。

卒業式の日も今日で最後!とランドセルを背負って行った娘。

思春期真っ只中でまわりに流されやすいようで、流されない何かをしっかり持っているなぁと感じるの。

これからのあなたの活躍に未熟ながら母はいつでも「行っておいで」と後ろからしっかり見守っているから。

応援しているよ。









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プロフィール

kao0728

Author:kao0728
2002.1.22生saku.
2007.10.30生ittan.
2010.3.6生yura.
すきなコトやモノ。
ひびのことをつづります。

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